R.I.P. ジョルジオ・ゴメルスキー!

 1月13日(2016)、ニューヨークでジョルジオ・ゴメルスキー<Giorgio Gomelsky>さんが癌のため亡くなりました。83歳でした。ゴメルスキーさんというと、ストーンズ、ヤードバーズの名前とともに、あやしい山師のオヤジ的イメージが自動的に浮かんできますが、プログレ、特にジャズプログレには大きな貢献をしたといっても過言ではないと思います。

stone&gomel

 ジョージア(旧名グルジア)で生まれスイスで育った彼は、ジャズのドキュメント映画の製作から始め、ジャズからスキッフル、ブルーズなどの興行を手伝うようになります。60年代になり、先端の音楽ができる小屋が必要だと痛感した彼は、ロンドン郊外のリッチモンドにあったパブを改装し、クロウダディ・クラブ<The Crawdaddy Club>をオープン。そこではのちにブリティッシュ・ロックを代表するアーチスト達(ツェッペリン、ロングジョン・ボールドリー、エルトン・ジョン、ロッツド・スチュアーとなどなど)が出演しました。なかでもローリング・ストーンズとヤードバーズはハウスバンドとなり、彼は初期のマネージャーも務めたのです。
 まあ、それでこの人は有名なわけですが、先端的なものに対する情熱はそれだけではありません。60年代後半には短命ながらマーマレード・レコードというレーベルを運営し、ブライアン・オーガー、ジュディ・ドリスコール、ブロッサム・トゥ(ジム・クリーガンがいた)、ジョン・マクラフリン、さらにはゴドレイ&クレームのユニット<Frabjoy And Runcible Spoon>とグレアム・グールドマンの曲もリリースしています。(いうまでもなく、この3人はのちに10CCを結成しますね。)
 彼はそのほかプロデューサーとして、ジェフ・ベックやジミー・ページ、ロッド・スチュアート、アレクシス・コナー、グラハム・ボンド、ソフト・マシーンらとも契約を結びます。当時は発売されませんでしたが(のちに <Jet-Propelled Photographs> としてリリースされることになる)ディビッド・アレンが参加しているソフトマシーンのセッションなどもレコーディング(通称ゴメルスキー・テープ)しています。(もっとも、これはデモとして録音されたものということらしく、メンバーのクレームでフランス以外でなかなかリリースされませんでした。)
 70年代になると逆に、フランスからゴングやマグマを売り込んだり、ヘンリー・カウをプロモートしたり、様々にジャズ・プログレに寄与しました。さらに80年代には、アミーガから発展した当時、最先端のDTV機器、ビデオ・トースターを駆使してその先駆者として活躍しています。
 ニューヨークに拠点を移してからも、チェルシーのリハーサル・スタジオの経営やエスニック・ミュージシャンの育成、クラブ、グリーン・ドア(のちにレッド・ドア)の経営、クラブDJなどとしても活躍したようですね。

 ともかく、ボウイ様につづいてプログレ界、ブルース・ロック界にとっては、悲しいニュースでした。R.I.P.ゴメルスキー!

余談ですが、マーマレード・レコードの最初のシングルは、映画「パイレーツ・ロック」でも描かれた当時の海賊放送局を讃える曲で、歌っているのは匿名バンド<The Roaring 60’s >ですが、そのメンバーはほとんどがのちにはフラワーポット・マンとなる当時のポップアイドル、アイビー・リーグのメンバーだったそうです。
The Roaring 60’s – We Love The Pirates

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